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宮川激流下りの旅 *part3*

最初は確かに気持ちよかったよ。
冷たい水の上に浮かんでゆっくりと流されてゆくって。
本当に気持ちのいい物はお金では買えないな、って思うくらい。

でも2-3時間そんな風にしていると
このペースでは下流の車止めてある河原まで とてもたどり着けないぞ。
と言うのがだんだん分かってきた。
しかし夕方までにたどり着かないと
真っ暗になってから川下りはとても無理だし
もちろんテントなんかも持っていない。
かといってリタイヤして岸に上がっても
ずぶぬれでヒッチハイクするか バスに乗るかしなければいけない。
やはりなんとしてでも車まで自力でたどり着くしか サバイバルの道は無いのだ。

日照りの続いた宮川は水の量が少ない。
川下りというと水しぶきあげて岩にぶつかりながら 「ファイトー!1パーツ!」 な急流を想像していたのに。
そんなところは500mに1ヶ所あるかないかで、
しかも水が少ないので銀色の空気イスもビニールボートも底がつかえて止まってしまい、
人が降りて浮き具だけ流して 深いところになったら人が乗って進む。
という楽しくない急流下りである。
更に川のほとんどは流れの無い緑色の渕を進み、
しかも空気イスとビニールボートと2台に別れて進んでいると
いくら手でパドリングをやっても 歩くスピードよりも遅いというのも分かってきた。

結局オレ達は歩いていける所は 河原をボートとイスを担いで歩くことにした。
河原が尽きると再びボートとイスを浮かべ次の河原まで漕いだ。
そして次の河原の端にたどり着くと降りて
それぞれボートとイスを頭の上に担いで
地面の河原の石ころだけを見つめて黙々と歩いた。
そしてまた河原が尽きると下流の対岸の河原目指して漕いだ。
その間太陽は容赦なく照りつける。
オレ達はうつむいて 汗をだらだら流して修行僧のように歩いた。
そしてまた漕いで また河原をあるいて・・・。

そのうちユキちゃんの様子がおかしくなってきた。
「観自在菩薩行深般若羅密多時照見五薀皆空土一切・…」 般若心経を唱え始めたのだ。
「ああ彼女は修行しているのだ。
今、観音の道を歩んでいるひとりの行者となって
キリストがいばらの道を歩んだように
彼女は今、こんな苦しい道を尊き魂に導かれ悟りの道を・・・」 と思って感動しながらよく聞いてみると
「なんで私がこんな目にあわなあかんねんクッソーだまされた!
呪ったる死ぬまで呪ったるどこが気持ちいいねん!
ああしんどいわあついわほんまこんなんもういややー! クッソー呪ったる・・・」
恐ろしい呪詛の言葉を吐き目は三角にギラギラ光り
オレに対する怒りの光線をビシバシ飛ばしてくる。
「チョーヤバいっすよー!」 脇のしたから冷や汗が出た。
そのときからビニールボートに2人でのり 空気イスは引っ張って オレがオールで漕ぐことになった。
とりあえずそれがもっとも早く進む方法だった。
向かい合うユキちゃんの目は狂気を含み、
口からはズーっと呪詛の言葉を吐き散らしている。
オレはそれ以上彼女を興奮させないよう
つくり笑顔でえへらえへら笑いながらご機嫌とって ひたすらボートを漕いだ。

子供用のビニールボートは
フル回転で何時間もオールを漕ぐよう設計されていないから
オールの穴部分がちぎれそうになってきた。
それでもちぎれたらちぎれたまでの事。
とりあえず進め! 漕げ!漕げ!漕げ!漕ぐんだジョー!
♪えいこーらえいコーラ モーヒートーつえいこーら♪
顔はご機嫌取りに満面の笑顔を浮かべ 日の傾きかけた宮川を漕ぎに漕いだ。

腕がちぎれてもいい。 君の怒りが収まるなら
このいのちささげてもいい 君の呪いが解けるなら。
♪男ーと女の間には深くて暗い川がある
だれっも渡れぬ川なれどえんやこら今夜も船を出す
ロウアンドロウロウアンドロウ振り返るなロウ♪
知ってる限りの舟歌歌って。

¥2980のボートは空気が半分抜けながらも 見事持ちこたえた!
夕闇迫る午後7時。
とうとう日本人初!宮川8時間耐久川下りは無事ゴールした。
そこには大観衆の歓声も無く、 報道陣のフラッシュの閃光も無く、
ただただ全身やけどのように真っ赤に日焼けしたユキちゃんの怒りと疲労の混ざった冷たい視線が痛かった。
ヒーローはいつだって孤独だ。
オレはそんな心の陰影をおくびにも出さず ヘラヘラとユキちゃんのご機嫌取りをするのだった。
「いやー、ちょっと長かったけど楽しかったねー」 「(`ヘ´) フン」
「なんかおいしいもの食べようか?」 「(`ヘ´) フン」
「アッ鳥がなんか落とした」 「(`ヘ´) フンダ!」

そうして帰りに寄ったコンビニの駐車場で 疲労のあまり彼女は車をぶつけた。
その修理代10万円。
それから1週間後、 ユキちゃんは妊娠していることが分かった。
よくも流産しなかったものである。
今ではその子供はもう4才になった。
みなさん川と奥さんを甘く見ちゃいけませんぜ。